■エピローグ
■セイシェル皇国 ファレンシス領内 背景<村>
ジュリア「はぁ……はぁ……」
ケヴィンとアビゲイルの援護もあってジュリアはどうにか野盗を撃退できた。
――残るはあと一人。
ジュリアはゲルブライト家の正規兵を引き連れ、一人高みの見物をしている高位の魔道士を睨みつけた。
しかしその者はジュリアと対決する事なく、その場を後にした。
ジュリア「! 待てっ!」
アビゲイル「ジュリア様、深追いはよした方が良いですよ」
ジュリア「しかし……」
アビゲイル「残念ながらあっちの方がジュリア様より格上です。追いついた所で返り討ちに遭うのが目に見えてますよ」
痛いところを突かれてジュリアは言葉を詰まらせる。
アビゲイル「どうしても気になるって言うんなら、あたしにお任せください。
戦闘もさることながら、追跡や偵察は得意中の得意ですから」
アビゲイルは胸を張ってジュリアに言ってみせる。
ジュリア「……では、お願いします。何から何まで、ありがとうございます」
アビゲイル「いえいえ。これが仕事ですから。
それじゃ、行ってきます」
・アビゲイル、マップを離脱する
ジュリアは剣を鞘に収め、昂った気持ちを抑えるべく深呼吸をした。
息を吸った唇は震え、鼓動は耳の奥に響くほど激しく高鳴っている。
――戦いは、終わったんだ。
ケヴィン「ジュリアさま!」
ジュリア「! ケヴィン」
ケヴィンが母と共にジュリアに駆け寄って来た。
その表情は最初に出会った時よりも晴れやかに見えた。
ジュリア「みんな……無事だったんだね」
周囲を見回すと、村の人々が家屋や田畑の鎮火作業や怪我人の手当などにあたっている。
ジュリア「良かった、本当に」
ケヴィン「ジュリアさまのお陰です。母さんも助けてくれて、本当にありがとうございます」
ケヴィンが大袈裟に頭を下げた。その後ろで彼の母親も瞳を潤ませて何度もジュリアに頭を下げた。
ジュリア「いや、きっと私独りでは足がすくんで何も出来なかった。君の咄嗟の勇気があったから私は動けたんだ。
私の方こそ、ありがとう」
ジュリアが微笑み言うと、ケヴィンは照れ臭そうに、そして誇らしげに笑ってみせた。
ケヴィン「そ、そうだ! 村長様がジュリアさまに直接会ってお礼を言いたいって」
ジュリア「ああ……礼はともかく、私からもお聞きしたい事があるんだ」
ジュリアがシュトーレンの背から降りた。その途端、ジュリアはその場にへたり込んでしまった。
ケヴィン「ジュリアさま!?」
ジュリア「ほっとして、力が抜けてしまったみたいだ。……すまないが手を貸してくれるか?」
■セイシェル皇国 ファレンシス領内 背景<民家>
ケヴィン「さあ、こっちです!
お……村長様! 連れてきました!」
レシエ「ああ、ケヴィン、ありがとうね」
ケヴィンと彼の母親に案内された家屋の一室に、杖を携えた老齢の女が椅子に腰かけていた。その傍らには使用人らしき者を従えている。
彼女がトリゴの村の長なのだとジュリアは察し、一礼した。
レシエ「わたくしは村の長を務めます、レシエと申します。この度は村の窮地をお救いいただき、本当に、本当にありがとうございます」
村長はそう言うと椅子から腰を上げた。しかし上手く身体に力が入らないのか、バランスを崩し床に膝を着く。
ケヴィンと使用人が慌てて彼女を助け起こし、改めて椅子に座らせた。
床を転がった杖をジュリアが拾い上げると、ジュリアは大戦から戻って暫く経った頃のエイルを思い出した。
――この人は、身体の自由が効かないんだ。
レシエ「申し訳ありません、本当はこちらから出向きお礼を申さねばならないのに……」
ジュリア「構いません。お怪我はありませんか?」
ジュリアは膝まづき、杖を改めてレシエの手に握らせる。そして彼女の手を慈しむように包み込んだ。
レシエ「……貴方様はもしや、マリーアン様の……?」
ジュリア「!」
ジュリアは思わず顔を上げた。
レシエ「ああ、ああ……やはり、ジュリア様なのですね!」
ケヴィン「村長様、ジュリアさまを知ってるんですか?」
レシエ「知っているも何も……ファレンシス領主様の、マリーアン様のお嬢様ですよ」
ケヴィン「え?!」
ケヴィンが驚きの声を上げた。
ジュリア「母と面識がおありだったのですか?」
レシエ「マリーアン様はジュリア様をお連れになって何度もトリゴの村を慰問に訪れてくださいました。その際にわたくしやエミーナ――ケヴィンの母のような障碍を抱える者にも文字や学問、様々な技術を授け、生きる術をお与えくださいました。
その時の御恩、生涯忘れますまい」
ジュリア「慰問……」
ジュリアは記憶を遡る。
ジュリア「確かに、この村に限らず何度か領内の町村を母と訪れた記憶があります。尤も私は旅行気分で遊び回っていただけだった気もしますが……。
それはともかく、私の事などとうに忘れられていると思っていました」
レシエ「忘れる筈がありません。幼い頃のジュリア様も、今のようにわたくしの手を優しく握ってくださいました。
あのお可愛らしかった姫様が、こんなにご立派になられて……将来が、この地に再びお帰りくださるる日が楽しみでなりません」
ジュリア「私は咎人の娘です。貴方がたにそのように思って頂く資格はありません……」
レシエ「何を仰います。ジュリア様は今こうして我々の窮地をお救いくださったではありませんか。
マリーアン様も、あのような事になってしまいましたが、常に領民が少しでも豊かな暮らしが出来るように、常に我々に寄り添いを思い遣ってくださる御方でした。
貴方も、貴方のお母様も我々のために文字通り命を賭して戦ってくださいました。その事には変わりありません」
ジュリア「どういう事です? だって、母は……」
レシエ「詳細は知らされてはおりませんが、マリーアン様は五年前の謀反が勃発するその直前までファレンシス領民に不利益が生じぬように陰ながら奔走しておられたそうです。
その結果、ファレンシス領の民は五年前とほぼ変わらぬ生活を送ることが出来ているのですよ」
ジュリア「そう、だったのですか」
ジュリアは何も知らず、母の事を不甲斐なく思っていた自分を恥じた。
同時に今の自身の待遇への疑問も腑に落ちた。
五年前の謀反に加担した貴族家の者たちの殆どが悲惨な末路を辿ったと聞かされていた。にもかかわらず何故謀反の発起人の一人だった娘の自分が、何の罰も受けずにゲルブライト公爵家で丁重にもてなされ家族も同然に扱って貰えていたのか。
――全ては、母様のお陰だったのか。ありがとう、母様……。
レシエ「事実、ゲルブライト公爵家から派遣されたお役人様方は我々にとても良くしてくださっていました。
しかし数日前から急に人が変わったようになり、どこから連れて来るのか、ならず者や野盗共を村に招き入れこの有様となったのです……」
ジュリア「それで嘆願書をしたため公爵家の方に直々にお渡ししようとしたのですね」
レシエは頷いた。
ジュリア「分かりました。私からも事の顛末をセドリック卿にお伝えしてみましょう。ご多忙な卿に、私の声がどこまで聞き入れられるか分かりませんが……」
レシエ「どうか、どうかよろしくお願いします。」
レシエはジュリアに深々と頭を下げた。
レシエ「……それにしても我々も運のない。実はお役人様方の様子がおかしくなる数日前に久し振りにエイル様がここへお越しになったのです。
おかしな話ですが、公子がいらした時にこのような事態になっていればより早く事態は収まっていたかも知れませんのに……」
ジュリア「! エイル公子がここを訪ねたのですか!?」
ジュリアがレシエに詰め寄る。
レシエ「ええ、何か調べ物のためにファレンシス領主様の邸宅に御用があると仰っておりましたが……ジュリア様?」
ジュリアは咳払いをして引きつった表情を取り繕う。
ジュリア「失礼。レシエ殿、前言撤回します。
今日お聞きした事は必ずセドリック卿にお伝えします。暫くは不安な日々が続くでしょうが、新たな役人殿が派遣されるまではどうか耐えてください」
ジュリアは礼儀正しくレシエに一礼をし、部屋を後にしようとした。
レシエ「ジュリア様」
ジュリアが振り返る。
レシエ「我々ファレンシス領の民は皆、ジュリア様が成人し領主様として戻って来てくださることを待ち望んでいます」
レシエの言葉に彼女の使用人も、ケヴィンも、エミーナも頷いた。
彼らの眼差しにジュリアの目頭が、仄かに熱くなった。