■セイシェル皇国領内 背景<村>
レイス「クソ……、つまらねえ話聞かせやがって……」
レイスは麻袋に包まれた荷を小脇に抱えよろず屋を後にすると、大きく溜息をついた。
普段は滅多にしない作り笑いをしたものだから、頬と広角が釣り上がって引き攣ったまま元に戻らず、一方眉間には深い皺が寄ってしまっていて、なんともちぐはぐな表情になってしまっている。
レイスは引き攣った頬を摩りつつ、足早にこの村を立ち去ろうとした。
???「――馬鹿にするのも大概にしな! そんな取引には応じないよ!」
聞き覚えのある怒号が、レイスの耳に突き刺さる。
先ほどすれ違った赤髪の少女とロバを、これまたレイスがこの村に到着した際に見かけた冒険者くずれの輩共が挑発的な目つきと嘲笑を浮かべ取り囲んでいた。
しかし少女は少女で少しも怖気づいた様子はなく、毅然とした様子で相手を睨み返している。
冒険者くずれA「そんなデカい声出すなって。こっちはお嬢ちゃんに品物を売って欲しいって頼んでるだけなんだからさ」
???「自分で打った剣を三振り十ゴールドでなら買ってやるなんて戯言にヘラヘラ応じてやる程、アタシは卑屈じゃないんでね!」
冒険者くずれB「鈍らなベルニア人の打った剣には、ピッタリの値段だと思うがな……」
他の輩の一人が発した暴言に便乗するかのように、下品な嘲笑と失笑が飛び交う。少女はカッと顔を赤くし、鉛色の瞳を見開いた。
???「はんっ! 良い大人の癖して礼儀もなってなけりゃ、物の価値も判らないときたもんだ!
ベルニア人が鈍らだってんならアンタ達は物知らずのめくら同然さ! 武器の目利きすら満足に出来ないなら冒険者なんてとっとと辞めちまえ!」
胸を反らして啖呵を切った少女のその余りの口の悪さと威勢の良さを目の当たりにしてレイスはニヤリと口角を上げる。
同時に相手方の顔色はガラリと変わり、一気に空気が張り詰めたことも察知したが、レイスは面倒事には関知しない、と己に言い聞かせるように距離を取りながら脇を通り過ぎようとした。
冒険者くずれC「……てめぇ、ガキのままごとに付き合ってやろうと思ったらクソ生意気な事抜かしやがって……!」
輩の中で一番強そうな男がとうとう抜刀した。
これまで遠巻きに事の顛末を見ていた村人達は悲鳴を上げ、慌てて建物の中に駆け込んでいった。
???「こちとら端からままごとのつもりで商売してないのさ!」
少女も腰に下げていた小型の斧を手早く取り身構えた。斧の刃には美しい尾長の鳥の彫金が施されている。
レイスは目を見開き少女の斧と自身の愛刀を交互に見た。その刃模様は、友から貰ったレイスの愛刀――シャルトスに施されたそれと瓜二つだった。
レイス「”自分で打った”剣……? アレも、まさか……?」
少女は気合を込め斧の刃を煌めかせ大きく振りかぶった――が。
???「っ?!」
余りにも多勢に無勢だった。最初に抜刀した男の脇から別の男が素早く一歩踏み出し、剣の鞘で少女の胴を薙いだ。
短い呻き声を上げ、少女はその場に膝を折る。それでも輩共は気が済まないのか崩れた少女の短い髪を掴み、その場に乱暴に突き飛ばし、少女の担いでいた荷を奪った。
怯えたように耳を寝かせすっかり腰が引けてしまったロバの手綱も乱暴に引っ張っていく。
冒険者くずれA「コイツは俺たちが全部買ってやる。……全部売れて良かったな、お嬢ちゃん!」
???「ま、待……」
嘲り笑いと十ゴールドにも満たない小銭を投げつけられて尚も、少女は荷とロバを取り返そうとよろよろと立ち上がる。
レイスは拳を握り締めた。輩共に再び立ち向かおうとする少女の肩をぽん、と叩き、足元に落ちていた小石を拾い上げ、立ち去ろうとする輩共の背中めがけて思い切り投げつけた!
冒険者くずれA「?! な、なんだっ」
輩共が一斉に振り返る。相手が状況を飲み込むより先にレイスは無言で彼らとの間合いを詰め、輩共に冷たい一瞥をくれてやりながら男の顔面に拳を叩き込んだ。
男は仰け反るように地べたに倒れ、転がる。男の仲間はようやく状況を察知したのか一斉にレイスを睨みつけた。
冒険者くずれB「テメェ、どっから沸いてきやがった!」
レイスは何も答えず、今度は無理やり少女の腕を引っ張り村の入口まで全速力で駆けた。「マーガレット…!」と少女が掠れた声で叫んだが足は止めなかった。
レイス「お前、まだ走れるか?」
???「あ……。まぁ、それなりに、は……」
少女の翻ったポンチョの隙間から、拵えの良い革鎧がちらりと見えた。レイスはそれを見て安堵したかのように小さく息を漏らす。
レイス「ならいい。お前の荷物もロバも俺が必ず取り返してやる。だから一つ頼まれごとをしろ」
少女の否応も聞かずにレイスはソフィアに頼まれていた荷物を少女に押し付けた。
レイス「村の近くにある一番でけえ林ん中で俺の連れが休んでいる。派手な銀髪の男とお前と同い年くらいの女だ。そいつらに荷物を渡してラニアで落ち合うと伝えろ。それだけ言えば伝わる。
……そいつらに事情を話せばお前の事も悪いようには扱わねえ。だからそいつらと暫く一緒にいろ。いいな?」
???「あ、あんたは……」
レイス「約束は守ってやる。さっさと行け!」
レイスは少女に背を向ける。暫しの間はあったが、少女の駆ける足音はだんだんと遠ざかっていった。
少女がいなくなった所で、レイスは愛刀シャルトスを鞘から引き抜き、構える。
怒りに顔を歪ませた輩どもが各々武器を手に取り、レイスを追いかけてきた。その数は七人。
冒険者くずれC「追いついたぞ……途中からしゃしゃり出てきやがって。
テメェ何モンだ?! たった一人で俺たちに勝てるとでも思ってんのか?」
数に圧されても、レイスは不敵な表情を崩さない。
レイス「物の価値も判らねえボンクラ共に、名乗ってやる名前なんてねえよ。
……今日は胸糞悪いもん見聞きしてイラついてんだ。憂さ晴らしに付き合ってくれねえか? なぁ?」
レイスの鋭い眼光と、シャルトスに施された尾長の鳥の意匠は、爛々と煌めいていた。
◇◆◇
前のエイル編と比べるとシアちゃんがかなりキャラ変わりしたと思います。
一部差別用語を用いましたが、商業ではないのでギリギリ大丈夫だろう、と判断しました。でも不快になったらごめん。
あとおばさんはそれに当てはまる人を差別する感性は持っていません。念のため。